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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

本気で叱ってくれる

 早朝、「ドドーン」と鳴り響く花火の音で目が覚めました。「運動会ありますよ!」の合図です。その運動会のために礼拝に2家族が来られませんでしたが、運動会のように元気に喜びをもって礼拝を捧げました。

 午後からの分かち合いの時に、ある事件に対してTさんが義憤をあらわにされました。対岸の火事ではなく、他人事でもなく、同朋への痛みを伴う義憤としての叫びでした。大切な叫びです。午後からは2時から始まる虹の会(三浦綾子読書会)で『銃口』を読みました。

 紋別へ礼拝奉仕に出かけた妻の帰りが遅かったので、「道に迷ったかなあ」と思っていましたが、「道の駅でウトウト仮眠したら、1時間ぐらい寝ていた」とのことでした。お疲れ様です。以下は、礼拝メッセージの断片集です。

20180610
(250字のエッセンスは、コチラ

 パウロとバルナバが、激しく反目した事実を聖書は隠していません。聖書は決して現実を無視した理想の物語を記しているわけではないということです。もちろん週刊誌やワイドショーのように、人の過ちを興味本位にあばいているのでもありません。立派なダビデやソロモンも、みんな痛みを抱えていたその事実をはっきりと記しています。つまり、人は罪を抱えていること、また無傷な人は一人もいないということが記されているのです。

 そして同時に、人の痛みや失敗という事実だけではなく、愛の神がその痛みを癒すこと、父なる神が人の失敗を失敗のままで終らせないこと、救い主イエスを送るということ、そういう真実な神の愛、真実な神の御手のわざが記されているのです!聖書は真実の書なのです。



 バルナバとパウロは、ある面、対照的です。「慰めの子」バルナバは、優しいタイプです。しかしパウロは、力強い人物で、「マルコ・ヨハネは連れていけない。無理だ」と、はっきりと言うのです。強さ、力があります。その力は迫害や試練に負けない力、そして同時に本当の意味で人々を力づけていく力となります。

 皆さんは、バルナバのような優しくて励ますタイプが好きですか。ビシッと喝を入れるような、はっきりと物事を言う、力強いパウロタイプが好きですか。時代の雰囲気としては、バルナバタイプが喜ばれるかも知れませんが、教会には、そして私たちには両方必要なのです。



 自分のことを叱ってくれる存在、本気で注意してくれる方がいるでしょうか。マルコ・ヨハネは、パウロにきつく言われたからと言って、宣教を投げ出しませんでした。バルナバに励まされ、キプロス島へ向かいます。「あの時パウロにきつく言われた」と根に持ちませんでした。むしろ後日、パウロの良き助け手となっていくのです。この時は激しく反目したパウロとバルナバでしたが、パウロの手紙を読む時に、パウロがバルナバを認めていることは明らかです。

 反目すること、別行動になってしまうこともあるでしょう。しかし恵みの主にゆだねつつ、信仰と希望と愛をもって歩み続けていく時、神の御手に握られて全ては賛美や感謝に変えられていくのです。



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