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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

評判が良いということ

 6月第3週目の日曜日。その前の週は運動会で来られなかった皆さんも、元気いっぱいに集われ、喜びいっぱいの1日になったことでしょう(予約投稿です)。この日の午後は、私たち夫婦が出かけていないので、皆さん羽を伸ばして(?)、お弁当フェローシップランチ、English Worshipを楽しまれたことと思います。以下は、礼拝メッセージの断片集です。

20180617
(250字のエッセンスは、コチラ

 テモテの評判が良かったということは、いわゆる「いい男」だったということとは違うでしょう。「評判の良い人」という表現は、教会の七人のリーダーを選ぶ時にも出てくる表現です。「そこで、兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人たち七人を選びなさい」(使徒6:3)。つまり「評判が良い」とは、御霊(聖霊)と知恵とに満ちていることと大いに関係しています。また教会の中だけの「良い人」ではなく、社会においても軽んじられていなかったことが分かります。 



 ある婦人が、涙声を震わせながら証しされたことを私は忘れることは出来ません。「聖書を読まなくなり、礼拝を捧げなくなってから、私の心に高ぶりが入りました」と話されました。真実な悔い改めの証しでした。祈ることや礼拝、神の言葉を軽んじる時、信仰に命がなくなっていきます。その結果、謙遜になること、愛の配慮をすることができなくなっていきます。この婦人は、再び聖書を読み、祈り、礼拝を捧げる恵みを味わっておられました。



 パウロは、救いという福音の根本においては決して妥協せず、そこに堅く立ち続けました。福音に何かを足したり、引いたり、聖書からズレた教えには、はっきりと「NO」と言いました。しかし具体的な伝道の仕方、人との関わり方においては、驚く程自由に、柔軟に愛の行動を取ったのです。「ユダヤ人に対してはユダヤ人のようになった」「弱い人には弱い人のようになった」「全ての人に対して全てのものになった」と語り、「福音のためなら、わたしはどんなことでもする」と言います。その行動の土台に愛があるのです。



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