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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

伝える 【No.238】

「何を伝えたか」の大切さをずっと考えてきました。
自分が伝えようとしていることは、
「正しいことなのか、神の思いにかなうものか、真理だろうか」、
そういうことを大切なこととしていくことは、今後も変わらないと思います。

しかし最近「何を伝えたか」ということにプラスして、
「何が伝わったか」ということの大切さにやっと気づき始めています。

どんなに自分が「正しいこと」を伝えたつもりだったとしても、
相手がそれをそのまま受け取っているとは限りません。
話し手が言葉足らずだったり、時には聞き手の誤解があったりします。
挙句の果てには「言った・言わない」論争にもなりかねません。

「こう言ったはずなのに」、「ちゃんと言ったよ~」、
「いや~聞いていない」、「確かにこういう言い方だった」・・・。

snow heart

自分の言葉に責任を持つということは、
自分の話す内容の言葉だけではなく、
その内容がどのように伝わったかというところまで配慮して語る、
そういうことも含んでいるんだろうなぁと思います。

「伝える」というコミュニケーションは、
話し手が聞き手のためにどれだけ心を砕いたかが問われるのでしょう。
人間ですから、聞き手にも先入観や聞き間違い、誤解もあります。
また言葉の内容よりも、その言葉を話す人の感情などが残ることもあります。

伝えたつもりでも伝わっていなかったとしたら、
「伝える」というコミュニケーションが成り立たなかったことになります。
「何を伝えたか」という自分本位から、
「何が伝わったか」という聞き手への配慮があってこそ
真のコミュニケーションとなっていくような気がします。

結局のところ「愛を込めて語る」ことに尽きるような気がします。
万が一、言葉の内容が全部正しく伝わらなくても、
その人のことを思う「愛」が伝わるならば、
それも1つの真理と言えるのでしょう。

今週は、土曜日の朝になってもまだ半分も出来ていませんが、
愛を込めて、明日の礼拝メッセージを語らせて頂こうと思います!
愛のあるところに、神もともにおられるのですから♪

 「神は愛です。
  愛のうちにいる者は神のうちにおり、
  神もその人のうちにおられます」
                Ⅰヨハネ4:16


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