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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

あこがれを祈りつつ

 ここ何週間かの週報の挟み込み記事に、今道友信『あこがれと涙とほほえみ』の中から抜書きした文書を掲載しています。K先生から教えてもらった今道友信という方、すがすがしくて良いですね。

 プロテスタントの立場からすると、少し広すぎるように感じるカトリック的な信仰感覚が無いわけではありません。しかしこのくらいの度量の深さを味わわないと、プロテスタントの福音主義は視野狭窄、排他的な教条主義、道徳的な律法主義、そして感傷的な信仰感覚に陥ってしまうかもしれません。

あこがれと涙とほほえみと

 有名な山上の垂訓の「こころの貧しい人たちは、さいわいである。天国は彼らのものである」(マタイ5:3)を、日本人の心に届くようにとても分かりやすく説明しています。

P76「神様のくださるものだったら、どんなことでもお恵みだと思って受け取れる人」がいたら、その人は幸いである。そういう人こそ、天国に行けるのだ。

P78 どんなことでも神のくださったものであるならば、それは私の救いのためになるのだと考え、これによって私が神に近づくだめにいただいたのだ、と考えることができるかどうか、ということでしょう。・・・そして、ある辛い事柄はなにかのために神が出会わせてくださり、私どもの忍耐の力を養ってくださっているのだということを信じてください。



 神がしてくださらないことに対しての不足やつぶやきではなく、神が与えてくださっているものを真実に受けとめていく心の貧しさこそ、豊かな歩みとなっていくのでしょう。そういう歩みへの「あこがれ」を祈りにしながら、今日という日も心をこめて過ごさせてください。

(1日1章 ルカ21章「憎まれる」)

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