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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

信じきった人は

 23日の日曜日は、クリスマス礼拝でした。多くの皆さんが集われ、共に喜びあふれるクリスマスを祝いました。集われた方々全員に声をかけることができませんでした。それでも恵みのひと時をご一緒できて感謝です。以下は礼拝メッセージの断片集です。

20181223
(250字のエッセンスは、コチラ

 私たちの内に、聖霊による「いのちの喜び」があるでしょうか。何かがあったから嬉しい、楽しい、そういうことも素直に喜んでもよいでしょう。しかし「いのちの喜び」とは、生きていること、生かされていることを感謝する思いです。現状がしんどくても、生きることが嫌にならない、そういういのちの喜びを救い主イエス・キリストによって与えられるのです。



 マリヤとエリサベツは、救い主を中心にした喜びを分かち合いました。救い主なる主イエスと共に歩む時、隣人と喜びを分かち合える歩みが始まっていくのです。不満や不足を共有し合うのではなく、いのちの喜びを共有することができるのです。
 自分のために自分があるということではなく、大切なものを隣人に分かち合える、与える喜びに生かされる人は幸いです。「今年もありがとう」「あなたがいてくれて私は嬉しい」心を込めた言葉も、また贈り物となり、喜びを分かち合うことになるでしょう。2018年のクリスマス、良きものを分かち合う力を救い主からいただき、その喜びに生かされようではありませんか。



 疑いながら生きている、いつも疑心暗鬼の人の顔が笑顔でいっぱいということはないでしょう。むしろ眉間にシワが寄っていることと思います。信じることができる、信頼することができるって幸いなこと、それは喜びなのです。
 人間の言葉は、自分自身を含めてそれほど確かなものではありません。状況によっては変わっていきます。しかし神の言葉は、永久に変わりません。救い主イエス様は裏切りません、信じてもいいのです。いや、「信じよ」と言ってくださるお方なのです。「主によって語られたことは必ず成就すると信じきった人は、何と幸いなことでしょう」



(1日1章 Ⅰサム「祭司や占い師」)

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