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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

意固地になっている証拠

 新年の記事が入りましたので、年末感謝礼拝のメッセージの断片集を今日UPします。少し長くなりそうなので、2回に分けてUPします。そして私は今日こそは年賀状を仕上げて、明日にはポストに投函したいと思っています(笑)

20181230
(250字のエッセンスは、コチラです)

 ヨナ書のキーワードの1つは、「備えた」です。大きな魚、一本のトウゴマ、一匹の虫、そして焼けつくような東風を、主なる神が備えられたと聖書に記されています。しかしヨナは、自分の人生に神が多くのものを備えてくださっていることを意識していません。つまり人生の背後におられ、すべてを支配している神の存在を小さくしてしまっています。

 背後におられる神を見失う時、人は自己中心になり、その心は目の前の出来事に揺れ動きます。自分に都合の良いことだけを喜び、逆のことがあると大いに落胆し、怒り、死を願うヨナのようになります。背後に真実な神がおられることを大切にしていないから、神に真の意味を問わなくなります。暑くて死ぬほど苦しいなら、ヨナは今いる場所から離れれば良いはずです。ニネベの街に行けばいいのです。しかしヨナは動きません。そこに留まり、暑い日差しの中で死を願い命を呪います。動かないヨナの姿、それは意固地になっている証拠です。自分自身の考え方、自分のあり方、自分の心の方向を少しも変えることをしないで、一本のとうごまが枯れてしまったからと怒るのは、周りが変わらないからと怒っているのと同じです。

 2018年、仕事、家族のことに、様々なことに振り回されること、心揺れることがあったでしょう。しかし目の前の出来事、とうごま、一匹の虫、東風ばかりに目を奪われていないでしょうか。その背後に神がおられることに注目し、そこにも主が共におられたことを認めようではありませんか。家族の中に暑い東風、寒い北風が吹いてきたとしても、その背後に真実な神がおられるのです。そういう一つ一つの出来事に対して、私たちの主は眠っておられません。私たちの主は、最善の時に最善のことをしてくださるという信頼を持って新しい年を迎えようではありませんか。



 2018年最後の礼拝メッセージを準備しながら、私の内側を駆け回って賛美は「Jesus at the Center」です。Israel Houghtonが作ったもので、いつか皆さんで英語と日本語で賛美したいなあと思っています。日本語訳は、ブリッジの部分などがもう少ししっくりいくように訳せないかなあと感じています。



 3番の「Jesus be the center of Your church」というところに、心が震えずにはおれません。

(1日1章 Ⅰサム15章「強情は偶像礼拝」)

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