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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

少しばかりの妥協が

 2月最初の日曜日。「まぶしいほどの陽の光がある北見の2月が好きです」と言われたIさんの言葉を思い起こす、よく晴れた日でした。午後からのプログラムを予定していなかったので、いつもより少し多めに祈る時を持ちました。賛美や祈りの中で、聖霊なる神が豊かに働いてくださることを信じています。
 
 夕方、昨年末から負傷のために床に伏しておられるIさん宅に、お見舞いへ行きました。筋肉注射が効いているようで、「次の診察でなんと言われるか、楽しみです」と笑顔で話されました。体は床に伏していても、気持ちはしっかりと起き上がっている88歳のIさんでした。以下は、礼拝メッセージの断片集です。

20190203
(205字のエッセンスは、コチラです)

 「バラムの教え」とあるのは、旧約聖書の預言者バラムのことです。バラムとバラク、エリヤとエリシャ、両者の違いが分かるようになると聖書検定2級ぐらいかもしれません(笑)民数記22−24章だけを読むと、一見バラムは正しく振舞っているように思うのです。しかし新約聖書と一緒に読むと、バラムの本性がよく分かります。

 バラムは、確かに神第一の姿勢を見せ、一見立派な信仰告白をしています。しかし自分の利益、得するようなものを隠しながら、うまく神様を利用しているのです。人の目には分からない程度のことであり、また信仰や神を前面に出しているので、バラムの自己欲求はうまく神を盾にして隠されています。

 神の言葉は剣のように鋭いので、私たちの思いと志を見分けることができます。信仰的な告白をしているようで、実はバラムのように妥協しているところがあるかないか、私たちは聖霊によって神の言葉を通して見分けていただく必要があります。その少しばかりの妥協が、信仰の命を奪ってしまうからです。



 主イエスが招く悔い改め、それは裁きの言葉ではありません。ある牧師は「教会は失敗が赦されるところだ」と言われました。本当にそうです。失敗しても、もう一度やり直す事ができる、どんなに大きな過ちも、キリストの十字架の血潮によって清められる、どんなに深く傷ついていても、主の釘打たれた御手が私たちを包み癒してくださるのです。あなたももう一度やり直す事ができる、そういう主のもとに帰る、それが悔い改めです。悔い改めとは恵みの業なのです。



20190205Ice Candle Prayer Night

 本日、午後6時よりIce Candle Prayer Nightです。「何もこんな寒い日に〜」と思うわれるかも知れませんが、こんなにしばれる日じゃないと駄目なんですよね〜。

(1日1章 Ⅱサム「自分の口から」)

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