FC2ブログ

北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

ほかの重荷を負わせない

 北海道上空に観測史上最も強い寒気が入り込み、道内は記録的な寒さとなっていた数日を過ごしていました。ニュースを見られた牧師や神学生が北見や紋別の教会のために「熱く祈ります」とのことでした。そういう祈りに支えられての2月10日(日)、共に集まって声を合わせ、心を合わせて主を賛美し礼拝できることは幸いです。

 ヨハネの黙示録から7つの教会に宛てられた手紙を分かち合っています。黙示録は黙示文学でもあるので、象徴的な言葉が使われています。「最近、牧師の説教は厳しいなあ」という声は今のところ聞こえてきませんが、私自身、襟を正しながら主イエスのメッセージを取り次いでいます。以下は礼拝メッセージの断片集です。

20190210
(250字のエッセンスは、コチラ

 大切なことは、主が与えてくださる愛の力、信仰の力を信じるということです。成長・成熟とは、私の愛や私の持っている信仰が立派なものになっていくというより、主イエスを信じて、ぶどうの木のように主イエスにつながり続ける時、主イエスが枝であるゆえに、愛や信仰を成長させ、成熟させてくださるということです。成長させてくださるのは、主なる神なのです。



 「この女を病の床に投げ込もう」と主イエスは言われました。病気と言うのは、自分のことしか考えられなくなることです。体は病気でも、愛をもって周囲の人のことを慮り生きている人は、病気に打ち勝っています。反対に体は健康でも、いつも自分中心にしか考えられない、それは完全に病んでいます。寝ても覚めても自分のことしか考えられない、それは悲劇です。そしてとても苦しいのです。信仰も自分中心になっていると、病の床の中に投げ込まれるような、病んだ信仰になってしまいます。



 「サタンの深いところをまだ知っていないあなたがたに言う」と記されています。自己中心的な信仰、自分中心に生きていく、それは「サタンの深みだ」なのです。サタンの深みをあなたがたは知らない、つまりそれを知らなくてもいいと、主は言われます。私たちがサタンの深みに陥らないように、一番深いところに立たれるお方が主イエスです。そして、神の深みへと導いてくださるのです。



 「わたしはあなたがたにほかの重荷を負わせない」と、主イエスは言われました。主の道を歩む者は、余分な重荷、不必要なものを背負うことはないということです。そして背負うべきものを背負う力が与えられ、愛の奉仕と信仰の忍耐に生きていくことができるのです。黙示録が語る慰め深い言葉の一つでしょう。



(1日1章 Ⅱサム8章「主にささげた」)

にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 北見情報へ
にほんブログ村
日記 |
| ホーム |