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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

開いておいた

 3月最初の日曜日(桃の節句と耳の日ですね)。お客さんが来られたということもありますが、子どもも含めて36名の礼拝出席者だったようです。ちょっと酸欠状態ですね・・・。来週から、礼拝の椅子の配置を少し変えてみようと話し合いました。果たしてどうなることか!?

 本州から2組のお客様。敬愛するH先生が伝道牧会されるK教会から家族で集われました。息子さんが北海道に就職されるということで、一番近く(と言っても車で1時間ほど)の同じグループの教会ということで、ご挨拶も兼ねて集われました。4月から3ヶ月の研修を経て、7月から道産子になられるようです。楽しみです。

 そしてYさんは、3度目の来会となりました。いろいろな意味で、北海道が好きなようです。夕方もご一緒にいろんな話しを聞かせていただき、またお祈りさせてもらいました。新年度も主の支えと守りがYさん一家にありますように♬(以下は礼拝メッセージの断片集です)

20190303
(250字のエッセンスは、コチラです)

 私たちは優等生のキリスト者、よくできた夫・妻を演じなくてもいいのです。失敗もします、弱音も出てきます、自分の愛のカラータイマーはすぐに限界を迎えて鳴り響きます。背伸びをすると疲れます。そんな自分を見つめるとまさに「ミクロ」のように自分の小ささを覚えるものです。

 しかしそんな小さな力しかなくて、「私は駄目だ」と自己憐憫に陥る必要もありません。「小さいからこそ、主よ、偉大なあなたを信じます」と主の名を呼び続け、真実な主の言葉を握り続け、救いの鍵を持つお方を見上げていきたいのです。



 続いて10節には、忍耐について記されています。現代では死語に近い言葉かもしれません。愛と忍耐は一つです。忍耐のない愛は愛ではありません。そう言われると自分の忍耐の小ささを思うものです。「無理だ、もう耐えられない」、そういう思いが沸いてくる時もあります。自分の堪忍袋の緒は何故かすぐにちぎれるのです。

 しかしまさにそこでこそ、私たちは驚くべきことを体験するのです。「全世界に来ようとしている試練の時には、あなたを守ろう」という主イエスの声を聞くのです。一人で耐えるのではないということ、孤独な戦いではないのです。「あなたを防ぎ守ろう」というキリストの言葉を聞く時、私たちは希望の伴う忍耐、待ち望んでいくという力が与えられていくのです。



 今、何か目の前に、大きな石を見ている方がおられるでしょうか。靄(もや)や霧で、行き先が見えなくなって、不安を覚えている方がいるでしょうか。「開かれていない、閉ざされている」、「自分は小さくてこの石は動かせない」、そう思っておられないでしょうか。

 主イエスは、今朝、愛をもって皆さん一人一人に語られます。「あなたの前に、だれも閉じる事のできない門を開いておいた」。



 講壇の上で主イエスの言葉を取り次ぎながら、「あの方も、この方も、必ず開かれていく、いや、主イエスが既に開いてくださっている」という思いを抱き、心からの祈りを捧げました。

(1日1章 Ⅰコリ5章「兄弟と呼ばれる人で」)

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