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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

そこに愛はあるんか

 昨年末、紋別での朗読講演会の感動をいだきながら、Tさんと一緒に雪降る道を北見へ向けて車を走らせていました。いろんな会話をTさんと交わす中で、北見での礼拝後にDさんが報告されたことについて、TさんがDさんの思いや置かれた状況を鑑み、「そんなおかしなことはない」とやや憤っておられました。「まあ、まあ、まあ」と運転しながらTさんをなだめ(?)つつ、Dさんを思うがゆえの義憤であることをよく理解していました。

 道中、温かいものでも食べようと寄ったお店屋さん。好きなものを注文し、セルフ形式で先にレジで精算をします。その時にTさんが注文されたメニューからすると、私が「ええっ」と思うような額だったので、「ちょっと高いんじゃないか」とTさんと私の間にいた妻に言いました。すると妻はTさんの受け取ったレシートとトレイに並んだものを見比べて、「あ、注文してないものが入ってる」とレジを打つ方に言い、もう一度、精算をし直してもらいました。正確な金額は忘れましたが、数百円とは言え1.5倍以上高く支払っていたことになります。

 続いて私たち夫婦のものを合算してレジを打ってもらい、請求された金額に「んん?(まさか2回も間違うわけはないだろうけど、それにしても・・・)」と眉間にシワが寄りました。お金を払いレシートを受け取った妻に、レジを打っている店員の方は向かないで、それでも聞こえるように「(金額)合ってるか〜?高いんじゃないか?」と妻に言いました。すると妻は、商品とレシートを見比べて「あ、(頼んでいない)◯◯が入ってる」と打ち間違いを発見し、数百円がカムバックされました。
 
 それから食事を一緒にしながら、美味しくないんですよ〜、いつもの味なのに。「普通は2回も続けて間違ったら、もっと丁寧に謝ると思うけどなあ」「後ろにも人が並んでいたとしても、後でもう一度こっちに来て、割引券を渡すなりすると思うんやけど」「ちょっと店長を呼んでって言えば良かった」などなど、ぶつぶつぶつ言っていたら、「レジの人の名札に店長って書いてたよ」と妻が言うので、なんだか余計に腹が立ってきて・・・(笑)。

 すると目の前にいるTさんに「牧師、食べるのが早いねえ」と言われて我に返り(?)、せっかく食事に来たのにぶつぶつ言っている自分が恥ずかしくなってきました(笑)車とは反対に、お店の中ではTさんになだめられました。



 全面的に私が正しいはずなのです。でも、正しいはずなのに、全くもって後味が悪いのです。CMのように「そこに愛はあるんか」「信じられる愛はあるんか」と、尋ねられると、言葉に窮してしまう私です。スタッフの前で、2度も間違ってしまった店長。きっと店長になりたてで、あるいは何度か同じ失敗をしていて、目の前の客のことを思うよりも、他の店員に気づかれないようにという思いが先立ったのかもしれません。もちろんそれは店長としてかえって良くないことですが、人の持つ弱さとしてはあり得ることでしょう。そういう想像力も働かない私に、「そこに愛はあるんか」という問いが突き刺さるわけです。

 年末の出来事ですが、最近1日1章の聖書日課で1コリント13章を読んだので、「そこに愛はあるんか」と12月のぶつぶつ言っていたことを思い出したのでした。

(1日1章 Ⅰコリ15章「すべての人が」)

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