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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

ドンピシャでした

 先日、「2018年のベスト」と言える本が2冊あり、その中の1冊を紹介しました(「10年を経た『嗚呼』」「言葉にならない、声に出そうな驚き」)。そして今日紹介するもう1冊は、若松英輔さんの『生きていくうえで、かけがえのないこと』です。

 教会員の方から、「先生は好きかもしれないと思いまして」とプレゼントしてくださったのです。何が嬉しいかと言いますと、私のことをよく知ってくださった上で、私の知らない著者の書籍だということです。そして何よりも、一読して思ったことは、「私にドンピシャだ」ということです。驚きです。多分、この方の書物は、これからも読み続けていくでしょう。

若松英輔「生きていくうえで、かけがえのないこと」

「『かなし』という言葉はもちろん、『悲し』『哀し』と書く。しかし、古人は『愛し』も、また『美し』と書いてすら『かなし』と読んだ」

「耐えている者は、我慢している素振りなど見せない。我慢とはまったく異なる境域に生きている。何よりも、耐えるという言葉の奥には、信じるという営みが横たわっているようにも感じられる」

「『おそれ』は、恐れ、怖れとも書くが、畏れとも書く。現代人は、恐れと畏れをしばしば混同している。むしろ、いたずらに恐れへと身をあずけてしまい、畏れるべきものを見失ってしまうといった方がよいのかもしれない」



 実におこがましく、厚かましく言わせていただければ、上記の内容など、普段、私が話していることと全く同じなのです。もし変テコな日本語だったら、「私が書いたのでは?」と思うほどです(笑)その他にも読んでいて「なるほどなあ」と思うところ、大きくうなずくところ、そして「今後、深めていきたいなあ」思う多くの示唆が与えられました。

「休むとは、ひとたび自らの思いを鎮め、何ものかの声を聞くことだというのである。そのとき、人は生きる力の源泉にふれる」


 
 さあ、明日は礼拝です。敬愛する教会員の皆さんと主なる神の安息の中で憩い、自分が聞きたい声ではなく、はるかに偉大なお方の声を聞かせていただく礼拝を捧げさせてください。

(1日1章 Ⅰ列21章「顔をそむけて」)

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