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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

怪談ではなく

 4月21日(日)は、イースター、復活祭でした。イースターの朝には白百合を活けながら、共に復活の主を喜び祝いました。礼拝後は祝会をし、C君のクイズ、ゲーム、プレイズ・ダンス、誕生祝い、玉子隠しゲームなどを楽しみました。

 退院されたIさんが、久しぶりに礼拝に集われました!Kさんの心を尽くされた送迎にも感謝します。入院されている紋別のHさん(Iさんと同じ年齢)にも、同じ主の御業がなされていくことを祈っています。以下は礼拝メッセージの断片集です。

20190421
(250字のエッセンスは、コチラ

 主イエスは「子どもたちよ。食べる物がありませんね」と言われました。恐らく弟子たちにとって言われたくない言葉だったでしょう。経験豊かな漁師の弟子たち、一晩漁をしたけれど何もとれず、疲れが倍増していたはずです。しかし弟子たちは、「はい。ありません」と現状を主イエスに伝えました。「今日は調子が悪かったのです」「かつては沢山取れました」「天候が良くなかった」など、そういう言い訳を言いませんでした。自分自身の、そのままの現実を主イエスに語ったのです。

 自分が何か不調を覚えて病院に行って、医師から「どこが悪いんですか」と尋ねられたら、「調子の悪いところはありません」と言うならば、治療は進んでいきませんね。主イエスは「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです」と言われました。

 私たちが自分の弱さや罪を認めないで、「あの人がどうだから、こうだから・・・」と言い、罪や弱さをどんなに繕っても、隠して上手くいってるふりをしても何の解決にもなりません。私たちがつい言い訳をしたくなるところ、強がってしまうところ、隠しておきたいこと、言いたくないところ、そういう弱いところにこそ、復活の主が必要なのです。主に現状を示されたなら、ありのままを申し上げ、「主よ、助けてください」と今朝、ご一緒に祈ろうではありませんか。



 舟の右側に網をおろすと、多くの魚がとれました。あまりにも魚が多かったので、弟子たちはそれを引き上げることができなかったほどだったのです。何とか引き上げてとれた魚を数えてみると、153匹だった言うではありませんか。この153匹を弟子たちは喜びながら数えたことでしょう。

 主の言葉に聞き従う時、153匹の魚を数えた弟子たちのように、主がしてくださったことを喜びながら数える人生に招かれていくのです。「お岩さん」みたいなキリスト者になっていませんか? うらみ・つらみ、良くないことをいつまでも数え続けることです。「あの時にこう言われた、1枚」、「あの人にこんなひどい目に、2枚、3枚」・・・それは怪談です。

 私たちは主がしてくださったことを喜びながら数えるその秘訣は、主の言葉に聞き従うということです。私たちが主の言葉に聞き従う時、戸惑うほどの、主の恵みを体験させていただけるのです。



(1日1章 Ⅱ列13章「ああ、主は」)

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