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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

待ちぼうけの間に

 土曜日から月曜日まで、異常な暑さが続いている北海道です。皆さん、お元気でしょうか? 私は風邪からくる副鼻腔炎で、ダウン気味に過ごしていました。「風邪は万病の元」と言いますが、「予病」(多分こういう日本語はなく、医療品会社の造語だと思います)をしておかないと、思わぬ「余病」にまで至ってしまうかもしれないなあと、思わず健康談義をしてしまいそうな私です。(以下は礼拝メッセージの断片集です)

20190525
(250字のエッセンスは、コチラ

 パウロはアテネでシラスとテモテを待っている時に、アテネの町に多くの偶像を目にしました。そして真の神が無視されていることに霊の憤りを覚えて、福音を語り始めるのです。恐らくアテネで宣教する予定は無かく、シラスとテモテを待っているだけのはずだったと思います。しかしその待ち時間の間、パウロは異教の偶像への聖なる憤りをもって、福音を語り始めました。

 待ち時間に伝道をするってすごいなあと思います。待ってる人が時間どおりに来なかったら、心配したり、イライラしたりするものです。しかしパウロは、待ちぼうけの間に福音を語るのです。聖霊に満たされるってこういう一面もあるだなあと教えられます。



 私たちはやがて神の前に立つ、その日があるということを忘れてはいけません。公平・公正である審判者である神の前に立つその日があるということは、ある面におうて恐ろしいと感じるでしょう。しかしその恐れは、神を畏れる畏れとなっていきm大きな意味でそれは恵みだということを忘れずにいたいのです。

 1つ目にキリストを信じる者には、赦しが与えられているということです。この大きな恵みは私たちの信仰生活の土台です。2つ目に自分が他者を裁くことから、解放されていくことになります。裁くことは私の仕事ではなく、全てを知っておられる主に委ねていくのです。そして私たちの目に見える部分は、一部分だと謙遜に生きることができます。裁くことは、高慢なのです。3つ目に審判者なる神を知っている時、誠実に生きていくことができるということです。審判者である神が全てを見ておられるから、罪を誤魔化さないで、主を悲しませたくないという歩みになっていくのです。



(1日1章 Ⅰ歴7章「悲しんだので」)

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