FC2ブログ

北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

ビクトリーラン

 8月18日(日)、前の週の台風の影響もなく、爽やかな天気の日となりました。礼拝後に最高齢のIさんが体調不良に陥りましたが、この日は看護師のKさんが集われていて、祈りつつ適切な処置がなされ、しばらくソファで横になった後、立ち上がって帰宅されました。夕方からのEnglish Worshipには午前の礼拝と同じくらいの方々が集われました。以下は礼拝メッセージの断片集です。

20190818
(250字のエッセンスは、コチラ

 男性のみなさん、忘れて欲しくない御言葉があります。ご一緒にお読みしましょう。「男は、怒ったり言い争ったりすることなく、どこででもきよい手を上げて祈るようにしなさい」(Ⅰテモテ2:8)つぶやきが争いにならないよう、主に叫びつつ手を上げて祈る、これこそモーセの姿ですね。そして男性の皆さんは特に(私も含めて!)、怒りたくなる時、言い争いたくなる時、どこででもきよい手を上げて祈る者でありたいのです。

 手を上げるのは形式ではありません、心も天におられる主に向けるのです。「私たちの手をも心をも天におられる神に向けて上げよう」(哀歌3:41)祈りの手の四十肩、信仰の手の五十肩の方はいませんか? 手も心も天に向かって上げること、それは主に対する信仰の姿勢なのです。



 モーセは祭壇を築きました。祭壇を築くということは、礼拝を捧げるということです。そして「主は代々にわたってアマレクと戦われる」と言いました。主がアマレクと戦われたのです。もちろん実際的には、ヨシュアも戦いました。しかし勝利を与えたのは、主なる神だったということです。そして「代々にわたって」とあるように、これからも主を信じる者のために主が戦われ、主が勝利を与えてくださるのです。主が戦われるのですから、私たちの主に敗北はありません。そのような勝利の主を、私たちは今日も礼拝しているのです!



 アマレクと言う敵が私たちにもあるでしょう。それは様々な誘惑、自分の古い性質、肉の思いかもしれません。サタンの力もあるでしょう。喜びを失わせる悲しみや痛みもあるでしょう。失望と言うアマレク、あきらめというアマレク。そういうアマレクに勝利を与えるのは、十字架の主イエス・キリストです!私たちの主は、罪と死と悪に打ち勝った勝利者なのでです!

 「アドナイ・ニシ」、主は我が旗。勝利の旗です。オリンピックで金メダルを取り、勝利した人は、国旗をなびかせながらビクトリーランをするではありませんか。私たちも共々に、主が勝利を与えて下さったと、主の勝利の旗でビクトリーランをする時がある、主を信じる者にはそういう希望が与えられているのです!つぶやきを捨て、信仰の手を上げ、心を合わせて祈り、共に勝利の旗である十字架の主を高くかかげましょう!



(1日1章 ネヘミヤ2章「わたしの神が」)

にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 北見情報へ
にほんブログ村

礼拝メッセージの断片集 |
| ホーム |