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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

開いてくださった

 9月最初の日曜日。私は穏やかにたゆたうサロマ湖とオホーツク海を眺めながら、紋別へ向けて出かけました。この日は札幌からGさんご夫妻が集われ、ご一緒に礼拝と交わりを持つことができ感謝します。10月20日に紋別でご奉仕をしてくださるので、その下見、準備のために遠路わざわざやってきてくれました。

 北見でも恵みの1日を過ごしたようです。感謝。以下は、礼拝メッセージの断片集です。

20190901
(250字のエッセンスは、コチラ

 エフタはかつて追い出された経験、家族から裏切られた過去があります。遊女の子がいると財産分与が少なくなるからということでした。自分たちの都合によって追い出し、苦しい目にあうと戻ってきて助けて欲しいと言うのです。追い出しておいて、今度はリーダーにするからとまで言うのです。人の言葉は状況で変わるものです。

 しかし真実な神が証人となられ、偽りのない主が全てをご存知だ、エフタそこに立ったのです。全てをご存知であり、真実な主が証人になってくださる、だからエフタは前を向けたのです。もはや過去のしがらみや、自分が生まれてきたことを恨むこと、そういうことから解放されていきました。真実な神は裏切られることはない、主を証人として歩むということ、それは希望をもって歩んでいくことにつながっていくのです。



Ⅰペテロ2:22−23「キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました」

 主イエスも十字架を背負いながら、正しくさばかれるお方にお任せになりました。怒りに縛られて、怒りに支配されて愛や平和を壊してしまわないように、むしろ正しくさばかれる方にお委ねし、怒りを治める力を主イエスにいただこうではありませんか。

 1節にエフタは「勇士」だと紹介されています。彼は単に「勇気のある強い人」ということではなく、自分の怒りという感情を治めることの出来る人、そういう勇士にここでなったのです。



20190901開いてくださった

 エフタという名前には、「開いてくださる、開いてくださるように」という意味があるそうです。真実で、公平で、愛の神が開いてくださるということです。不満や怒りに縛られて、心を閉ざす人生ではありません。全てをご存知で、私たちを見つめおられる、証人として主がご一緒してくださるから、私たちも心を開いて、過去に縛られず、前を向いて、希望が開かれた歩みをすることができるのです。

 また恨みに縛られ閉ざされた歩みではなく、正しくさばかれるお方を仰いで礼拝する時、むしろ平和を造り出すために、愛をもって生きるという開かれた歩みをさせていただけるのです。今まで見えなかった主の恵み、主の真実が目の前に開かれていく、そういう歩みをさせていただけるのです。



(1日1章 Ⅰテサ3章「耐えられなくなって」)

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