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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

そして微笑みながら【No.408】

今週の礼拝メッセージの中で触れたことですが、
「人は泣きながら生れてくる」と言われています。
これはシェークスピアの『リア王』の中に出てくるセリフのようです。
このことについては、旧blog「泣きながら」で触れています。

今回考えたことは、泣きながら生れてきた私たちですが、
死ぬ時はその反対であったらいいなぁということです。

生まれてくる時は、私たちは泣きながら生まれてきます。
しかし周囲の人はどんなに赤ちゃんが泣こうと祝福して喜んで笑います。
泣かなければ、おしりまで叩いて泣かせます!

しかし死ぬ時はその反対で、周りはどんなに泣き悲しんでも、
本人は「本当に良い人生だったなぁ、感謝だなぁ」、
そうやって微笑みながら天国に行きたいなぁと思うのです。

いや主イエスを信じて救われているということは、
そういう死に方をさせてもらえるのだと思います。
なぜなら主イエスは全ての罪やのろいをその身に背負われ、
私たちの身代わりとなって十字架に架かられたからです。

秋の風景

礼拝の中で使徒信条を
「十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり」
と告白する時、感謝だなぁと思わずにはおれません。
主イエスは死なないで天に帰られたわけではなく、
私たちがやがて通る死を経験して下さった。
だからこそ、死においても主イエスが共におられるからこそ、
私たちは微笑みながら死を迎えることが出来るのでしょう。

全ての罪やのろい、後悔などを主イエスが背負って下さったから、
私たちは「どうしてこんな生涯だったのだろう」と思ったり、
「生れてこなければ良かった」と言わなくても良いのでしょう。

周囲はどんなに悲しんでも(悲しんでくれるかな???笑)、
本人は「足りないところだらけですが、それでも素晴らしい人生を感謝します」、
強がりではなく心の底からの平安と微笑みと共にそう言わせて下さるのでしょう。

「人は泣きながら生れてきます。
 そして微笑みながら死を迎えます」

主イエスを信じて救われているって、そういうことだと思います。
そんな十字架の主イエス、そして甦られた主イエスを、
明日の礼拝でも心から賛美したいと思います♪



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