FC2ブログ

北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

同じ北国で

いわゆるキリスト教の信仰者が一般の出版社から出されている本を読むのは、
20代半ばぐらいまでは圧倒的に三浦綾子さんが書いたものがほとんどでした。
しかしいつの間にか曽野綾子さんに読書傾向が移り、
さらに渡辺和子さんへと移行していました。

(少しジャンルは違いますが、佐藤優も読みますね~)

しかし先週の月曜日に網走へ流氷を見に出かけ、
三浦綾子さん夫婦が同じ場所で流氷を見られていたことを知り、
寝る前の読書はすっかり三浦綾子さんと光世さん夫婦の書籍になりました。

同じ北国に住んでいるということもあって、
風土に関することなども含めて、とっても身近に感じるのです。

死ぬという大切な仕事

「私の父は二十歳そこそこで福島から来道、滝上村(現在滝上町)に開拓に入った。このごろ芝桜で全国的に有名になりつつあるが、大正時代のそのころは、至るところ原始林のままであった。父は三戸分の土地を開拓した。大木を一本伐り倒すと、空が広がる。そのたびに歓声を上げては、次の大木に立ち向かったと聞く」
             三浦光世『死ぬという大切な仕事』光文社文庫、2004


えー、三浦光世さんのお父さんは、滝上を開拓されたのか~。
するとお父さんが32歳で亡くなり、その時光世さんは3歳で、
棺の中をのぞいたあの出来事は、滝上でのことだったんだと理解しました。
滝上を通るたびに思い出しそうです。

その他、虚無の中で綾子さんが死のうと企てたあの海は、
私が時々見るオホーツクの海だったということも知りました。

まだ2年しか北海道に住んでいない私にとっても
身近に聞こえる地名が出てくると、一気に親近感が湧いてくるものです。

「テレビの天気予報を見ていると、むやみにわが住む旭川の名前が出てくる。これは妙な心地なものだ。旭川自身の功績によるものでもなく、失敗によるものでもなく、只寒い地方の代表格として扱われているに過ぎない。時折読者や友人知人から、天気予報で知った気温の低さに驚き、安否を問うてくる。旭川に住んでいるだけで、特別に気遣っていただけるということだが、やはりありがたい」
     三浦綾子『小さな一歩から』講談社文庫、1997


そうなんです、そうなんです!
全国ニュースの天気予報で、北見が暑いだとか寒いだとかよく流れます。
「妙な心地」になるのもよ~く分かります。
そしてそのたびに携帯メールを寄こしてくれる方、
「北見は、ダイヤモンドダスト?」とか、安否を問うてくれます。
ただ北見に住んでいるということだけなのです、確かに。

「今冬最低の気温。テレビは『午前6時旭川零下24.3度』と報ず。しかし、わが家の庭木にかけられた温度計は、午前7時半で零下29度。つまり、街の中の気象台は、同じ旭川でありながら、わが家の周りより4度7分も高いのだ。零下29度の寒さに耐えている私としては、『旭川零下24.3度』の発表には、いささか不満を覚える。同じ市内に、零下30度を下ったところもあったとか」
     三浦綾子『生かされてある日々』新潮文庫、平成4年


この記述には、夫婦で笑いました♪
妻も時々、「天気予報で○○度だけれど、1Fの温度計は○○度だったよ~」と、
わざわざ私に教えてくれるのです!

本文では、この気温の差を綾子さんは光世さんに告げ、
そしてこの何気ない日常会話から、自然と信仰の話しをされるのです。
そこに何一つ違和感も、無理感もないところが素晴らしいですね~。

(私たち夫婦は、気温の会話で終わります・笑)

温度計

夜はスポーツニュースを見て休みたいのですが、
三浦綾子さん夫婦の書籍にうなずき、微笑み、
時に感動の涙をこらえています。
しばらくは、本棚の三浦綾子コーナーから1冊、
そしてまた1冊と読みふけっていくつもりです♪

今、十数年振りのマイブーム、三浦綾子夫妻です。



日記 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<ラオデキヤ | ホーム | 「主は心を見る」>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |