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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

月蝕に思う

先週の土曜日(12/10)は、皆既月蝕だったようですね。
ニュースを見るのみで、マイナス10度の世界では、
わざわざ外に出て見てみようとは思いませんでした。凍ります(笑)
土曜日ですしね(牧師にとっては、備え日です)

でも、「オーロラが見える!」ということであれば、
多分、否、絶対見に行っているはずです(笑)

妻への「日蝕と月蝕の違いを知ってる?」という意地悪な私の質問に、
「え~、分からない」という言葉を予想していました。
しかし「日蝕は昼に見えて、月蝕は夜に見える!」と答える妻に脱帽!
私は正解だと思うのですが、いかがでしょうか?(笑)

「国語大辞典」(小学館)によると、

  日蝕・・・月が太陽と地球の間に来て、
        地球から見ると太陽が月によって隠される現象。
  月蝕・・・月が地球の本陰に入り、欠けて見える現象。


つまり月蝕は、太陽と月の間に地球が入って地球の陰で月が欠ける、ですね。

私の本棚には平野啓一郎の『日蝕』が積読(つんどく)状態なので、
「日食」よりも「日蝕」、「月食」よりも「月蝕」なのですが、
テレビでやweb、また辞書でも「食」が一般的なようです。

私としては「蝕まれる」の「蝕」の方がイメージに合うのですが、
「食」が単に「蝕」を常用漢字で簡略したものではなく、
「日が食われる」、「月が食われる」というイメージなら納得です。

雪の土手
(月曜日に走った雪の道)

月によって邪魔されて太陽の光が届かなくなる日蝕。
地球の陰が邪魔をして、太陽の光を届けなくする月蝕。

何かに邪魔され、不可抗力的に悲しみや痛みを経験する、
そういう日蝕のような時も、太陽の光は輝きを止めていなように、
神の恵みの光はとこしえに変わらないことを覚えていきたい。

また日蝕の暗闇は、やがて過ぎ去っていくように、
神の光が鮮やかに現れる時を信じ続けていきたい。

そして自分では気づかないうちに、
自分の言動が誰かの心から喜びを奪い、失望や悲しみを与えている、
そういう月蝕のような事態があることを素直に認めたい。

「1日1章」、教会の聖書日課で、日曜日は詩篇19篇を読みました。

「だれが自分の数々のあやまちを悟ることができましょう。
 どうか、隠れている私の罪をお赦しください。

 あなたのしもべを、傲慢の罪から守ってください。
 それらが私を支配しませんように。
 そうすれば、私は全き者となり、大きな罪を、免れて、きよくなるでしょう。

 私の口のことばと、私の心の思いとが御前に、受け入れられますように。
 わが岩、わが贖い主、主よ」
                   詩篇19:12-14


礼拝に集われるHさんが、
「私が知らないで、おかしている罪やとがを、どうぞ赦して下さい」
そう祈られた祈りを私も自分の祈りにしていきたいのです。



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