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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

流氷に思う

例年よりも早く、流氷がオホーツク海に来ているようです。
「流氷が来ると寒くなる」と聞いて、「なるほど~」と思いました。

そして同時に、オホーツクの街々に観光客が訪れて、
冬の賑わいとなり地元が潤えば良いなぁとも思います。
去年、流氷を夫婦で見に行ったことを思い出します♪

そんな流氷を、今年はまた少し違った思いで見つめています。
(見つめていると言っても、天気予報の映像ですが・・・)
それは昨年、瀬島龍三の文章(対談)を読んだからです。

瀬島龍三なる人物を、私は恥ずかしながら知りませんでした。
知ったのは、山崎豊子の「不毛地帯」を読んで・・・ではなく、
TVドラマを見てその主人公のモデルの1人と知ったからです。

だから瀬島龍三なる人物に興味があったのと、
日野原重明氏と対談している本があったので昨年一気に読みました。

91歳の人生論

少し調べてみると、瀬島龍三への評価は、真っ二つに割れていますね。
「責任をしっかり背負いながら生きている」という人、
一方「無責任」と評する人までもいます。私は両面あるように思います。
そして評価が両極端な人物って、けっこう面白かったりもします。

本の中で瀬島龍三は、シベリア抑留の話しをされていました。
マイナス30度、40度の世界の中で、厳しい重労働を強いられ、
捕虜として生きていく、そして死んでいく仲間のこと・・・。

ソ連兵の何というひどい仕打ち。日本人の中からも仲間を裏切る人が出ます。
しかしどんなに冷酷な環境に置かれても、ロシア人看護婦や老婆の
涙なしには読めない愛の業も記されていました。

「全員が人間であることを忘れてしまう状態」
「でも、そういうなかでも、やっぱり自分のわずかな食べ物を病気の仲間に分け与えるという人がいるんです。人のパンを奪う人がいる一方で、その人を助けるために犠牲になってもいいとさえ思える心。誰が認めてくれるわけでもないのに、でも、そうせずにはいられない心。・・・・人間の価値はこういうところで決まるんだ」  日野原重明・瀬島龍三『九一歳の人間論』扶桑社、2003年


V・E・フランクルのユダヤ人収容所の世界に似通ったものを感じます。
その瀬島龍三が、流氷のことを以下のように記していました。

「北海道に流氷が来るでしょう。あの流氷は、ソ連と満州の国境を流れている黒龍江の水なんです。あれがオホーツク海に出て、そして北海道へ流れていくんです。だから、この氷の流れ先が・・・・私の祖国だと思うのです」(前掲書150頁)


何十年か前、黒龍江を眺め、この川は祖国日本とつながっていると、
遠き地の自分の家族を思いながら、極寒の地で重労働に倒れ果てた方々がいる・・・。
そう思うと、流氷の風景もまた変わってくるような感じがします。

流氷⑩
(昨年、網走沖で見た流氷)

私は北国に来たこともあり、というよりも日本人としてなのでしょうが、
シベリア抑留についてもう少し知っておくために、
今年は、何冊かシベリア抑留に関する本を読もうと思っています。

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