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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

義理ではなく

先月末にF先生からこんなメールが来ていました。
それは、F先生が主管者となっている紋別の教会の改修工事のことです。
(前後関係を切っているので、誤解がないことを願うのですが)

「気持ちとしては、先生にも1泊2日ぐらいで、
 この期間に奉仕にきていただきたいと思っているのですが、
 先生の予定もあることですから、それが可能かどうかを
 お聞かせいただきたいと思っています」



そこまで読んでいて、指定された月曜日の夜は委員会があるので、
火曜と水曜なら大丈夫だなぁと思っていました。
そして続く以下の文章を読んで驚きました!


「『義理で仕方なく』は絶対ダメですよ。
 正直な返答をお願いしますね」



面白いでしょう。
大人になってから、頼みごとをされると同時に、
その依頼者からこのように尋ねられたのは初めてです。

幼少の頃、母からの言いつけにぶつぶつ言っていると、
「イヤイヤするんだったら、しなくてもいい!」、
そう言われたことを思い出しました(笑)
(F先生の申し出にぶつぶつは言ってませんよ!)

F先生は、人に何かをして、お礼がなかったとしてもどこ吹く風。
出来ないことは出来ないし、誰かのために何かをしても、
それが的を得ているかどうかも少々怪しいことがあります。

だからこそ誰かのために少しでも何かが出来たなら、
たとえ相手から思うように感謝されなくても、
それでも最終的には主のために捧げている、そんな意識があるのでしょう。

私はF先生のように、とても「達観」していませんし、
やはり習慣のように「義理・人情」をどこかで行動基準にしています。

だから、F先生と年に数回、じっくりとお交わりする時に、
とても教えられ、自分にないある性質に惹かれます。

バプテスマのヨハネ

F先生自身は、主イエスにならいたいと思われているようですが、
私の目にはバプテスマのヨハネを地でいっているように見えます。
(いなごや野蜜を食べ、荒布をまとっていませんが!)

先週、車をお借りしたF先生へのお礼は、
実務奉仕ですることとしました(笑)
それを口に出すと「義理」になっちゃうので、言いませんが!

5月に結婚される紋別の先生のために、
F先生は「牧師館が古くて、新婚生活には忍びない」と言われます。

「『屋根さえあれば、いいんですよ』と言われるかと思いました」と、
私がF先生に言うと、ハハハハと笑われていました。

「義理・人情」からは解き放たれているようですが、
「主のあわれみ」の中にしっかりと生かされていることが伝わります。

「あわれみと人情」、「愛と愛情」、「隣人愛と人類愛」、
また「親切とおせっかい」などなど、
目に見えるところは同じようなのですが、確かに違います。

(明日は、改修工事の様子を紹介します)

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