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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

苦労知らず

人に言ってはいけない言葉というものが、あります。
それは、相手に対する尊敬の念を欠いた言葉でしょう。

その1つに「苦労知らず」があると思います。
「あの人は苦労知らずだから」と誰かを指して言われます。
そういう言葉を聞くと、とっても残念な思いでいっぱいになります。

「苦労知らず」と誰かを指して言っても良いのは、3者だけでしょう。
1人はその人の親です。「甘やかして育ててしまった」という自戒を込めて、
「苦労知らずだから」と言っても良いでしょう。

あるいは親のようにその人のことを思っている人、
そういう人は「苦労知らず」と言っても良いでしょう。
そこには責任感が伴っています。

最後は、本人です。自分のことを指して「苦労知らずだから」と自覚し、
世界中にはもっとたくさんの苦労をしている人がいるんだと、
自分を奮い立たせるために言うための言葉です。

broken heart

それ以外の人が、誰か他の人を指して
「苦労知らずだから」と評することは、
その人自身も苦労の何たるかを知らないのかもしれません。

本当に苦労してきた人は、軽々しく他の誰かを
「苦労知らずだから」とは言えないはずです。

また誰か他の人を「苦労知らず」と評する人は、
想像力にかけているのかもしれません。

人には、その人しか分からない苦労や重荷があるはずです。
事の大小と思えたとしても、それでもそれぞれに重荷があります。
それを言葉に出すこともなく、笑顔で毎日を歩んでいる人もいます。

言える苦労と、言えない苦労があります。
言っても分かってもらえないことだったりもします。
そして本当の苦労は、なかなか人には言えないものです。

そういう想像力を働かすことが出来なくて、
誰かを「苦労知らずだから」と一刀両断に片づけてしまうことは、
相手に対する尊敬や尊厳を欠いていることなのでしょう。

heavy

主イエスは、「そんな思い違いをしているのは、
聖書も神の力も知らないからではありませんか」(マルコ12:24)、
と言われました。

「聖書や神の力を知らないのですか」と言われましたが、
人に向かって「苦労知らず」だとは言われませんでした。

「一日の苦労は、その日一日だけで十分である」(マタイ6:34)

「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。
 あなたがたを休ませてあげよう」(マタイ11:28)



今日、苦労を背負っている方々が、主の休みを頂けますように。

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日記 | コメント:2 | トラックバック:0 |
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コメント

苦労とかといった類の経験値は 自分もまけない いや 一番と なぜだか 私もしばしばですが、思い込んでしまいますよね。 苦労知らずという人は、人の苦労がわからないくらいしか 苦労してないんでしょうね。 
2012-06-07 Thu 13:04 | URL | イク [ 編集 ]
Re:
イクさん、どうもです!

自分が中心になってしまうから、
思い込んでしまうんでしょうね。(耳が痛い)

「苦労シリーズ」、あと2回続く予定です。

2012-06-08 Fri 14:33 | URL | ひよ [ 編集 ]

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