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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

見えざる御手

日曜日の礼拝後は、各自持ち寄りの愛餐会(自分の分だけ)、
そしてその後は、じっくりと分かち合うひと時を持ちました。

(昨日の記事の賛美録音は、この分かち合いの後に持ちました)

今回は、「そーれお茶!」です。
前回は、「午後のお茶」でした(笑)

岡山のお土産「きびだんご」を美味しく頂きながら、
時間を気にすることなくお交わりができ感謝です。

井戸端会議ではなく、神の家族だから話せることもあります。
お互いの声に耳を傾けるひと時となりました。

そーれお茶

ある方が、「神の見えざる御手を知ることができました」と語られました。

「見えざる手」は、社会科で習う経済学者アダム・スミスの言葉で有名です。
資本主義における自由経済市場において使われますが、
キリスト者にとっては、信仰生活で体験できる恵みです。

神の助けの御手が、気づかないところでいつの間にか伸ばされていた、
そういう体験をさせていただけるんですね。

「主の手は短かろうか。あなたは、いま、
 わたしの言葉の成るかどうかを見るであろう」民数記11:26

別の方も、「今回はこのことを神様に祈りました。
すると不思議に助け手が与えられました」と言われていました。

もし神様に祈っていなかったら、「偶然」と片づけていたことがらも、
「神様が生きて働かれ、助けて下さった」と、
見えないはずの神の御手を見させて頂けることは、幸いなことです。

今晩は、祈祷会です。
「祈祷会なのに、何故か祈る時間が少ししかなくなっている」と、
何年も前に友人の牧師たちとそういう話しになりました。

そうなんですよね~、何故か!?
だから私は、意識をして祈る時間を多めにとるようにしています。

共に主に祈ることによって、見させて頂ける神の御手があります!
そして天国に行った時に、さらに「あの時も、この時も!」と、
見えなかった神の御手が明らかにされるんだろうなぁと思います。

そういうことを覚えながら、
初代教会のように今日も共に祈るひと時を持ちます!

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コメント

おはようございます。昨日は私たちもお祈り会でした。水曜日というのが、神様と私たちのお約束なのですね。昨夜はいつもより男声の方が多く、初めに歌うさんびはとても壮麗でココロに響きました。「聖書を読んでドキっとした」とある男性の方がおっしゃり、それに私がドキっとしました。私はまだまだ頭で、物語としか聖書をとらえていません。このようにココロを動かすことができる方がうらやましく、あこがれに思いました。
2012-07-26 Thu 05:16 | URL | びぶ [ 編集 ]
Re:
びぶさん、コメントをどうもです!

「聖書を読んでドキっ」とすることにあこがれる、
そのこと自体、聖書の真の著者である聖霊の働きですね!


2012-07-26 Thu 21:03 | URL | ひよ [ 編集 ]
おっしゃる通りです。ココロを響かせてくださりありがとうございます。
神様への思いをおこさせてくださるのが神様、という思いをまた起こさせてくださるのが神様・・・これが神様の無限の愛ではないかと、最近思うようになってきました。
2012-07-27 Fri 10:59 | URL | びぶ [ 編集 ]
Re:
びぶさん、コメントをどうもです!

私など神様を思っているようで、
自分のことを思っていることがあります。
神様のことを思うことができるって、ホント幸いだなぁと思います。

2012-07-27 Fri 22:38 | URL | ひよ [ 編集 ]

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