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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

判定

日曜日の夜、第Ⅱ礼拝を終えてからお風呂に入るまで、
応援しているオリンピック柔道を観戦していました。

ゴールデンスコアで「技あり」を決めたので安心してお風呂に入り、
上がってきたら妻が「あの後、大変なことになってたよ!」と、
あの韓国選手との試合のことを教えてくれました。

シドニーでの篠原監督のことを思い起こしました。
(旧blog「世紀の誤審」)

この件について、思うことはたくさんあるのですが、
キリが無いのでやめておきます。

ただ、やはり「人が人に対して下す評価、審判」は、
誤審、間違い、一面的、思い込みなどがつきものだと思いました。

判定
webよりPrt Sc

今日8月2日、ある裁判の第2審が始まります。
第1審の判決を裁判所で聞き、また判決文を何度も読み直し、
裁判官もやはり「人間」なんだなぁと思いました。

法律家の文章表現、論理展開、物事の判断の根拠、
社会をどのように見つめているのかを知るきっかけとなりました。

もちろん社会のルール(法律)に則った多くの適切な判決があり、
法律家の丁寧な仕事によって社会制度に一定の秩序があることも事実ですが、
人の審判、判定は、完全ではないというこも事実でしょう。

今日の第2審は、1回で判決が出るかどうかはまだ分かりません。
第1審の判決を聞いた時は、大きな悔しさが込み上げてきました。

しかし時を経るに連れ、1審は決して無意味なものではないこと、
否、公平・公正なる神が無意味なものにされないということが分かり、
第2審のために自分に出来ることをし、同時に祈り備えてきました。

「傷ついた葦を折ることなく、
 ほのぐらい灯心を消すことなく、
 真実をもって道をしめす」イザヤ42:3


人の判断がどのようであれ、
主は傷ついた葦を折られず、ほのぐらい灯を消されません。
そこにこそ、希望を持っています。

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コメント

おはようございます。私もイザヤ書は「一応目を通したつもり」でしたが、ほんとうに「一応目を通した」だけだったのですね。なにやら怖い事ばかり言っておられるイザヤが、そんなやさしいことを言っておられたとは、拝見してとてもうれしいです。もう一度ていねいに言葉を拾ってみます。ありがとうございました。
2012-08-02 Thu 06:11 | URL | びぶ [ 編集 ]

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