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北の大地で 星を数えながら

~日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など 小さくても星のようにキラリ☆光ることを 分かち合えればいいなぁ~

一緒なのにひとり

先週、小田垣雅也著『一緒なのにひとり』(リトン、2004年)を読み終えました。
古本で買ったので、強い筆圧の鉛筆下線を消すのに苦労しました。

それでも1冊前に読んでいた本が、とっても読みにくい文章だったので、
小田垣先生の文章がとっても読みやすく感じました。

プロテスタント牧師としては、「?」の部分も確かにあります。
また万人受けする書物ではありませんが、
私は小田垣先生の生き方(在り方)に魅力を感じます。

キーワードは「相対化」ですね。

「・・・人間が自分からの発想をやめ、相手の立場に立つことなどはできない。そういう意味でお互い同士が同意し合えることなどはない。そのような断絶を認めることが、他人のリアリティを理解する第一歩だろう。それには自分の心が打ち砕かれることが必要である。・・・・・人間の努力によっては、『人間の限界をわきまえる』ことや、本当の自分が打ち砕かれることはない。・・・・・神の前でなければ、人の心は打ち砕かれることはない。・・・・・『打ち砕かれた心』とは、『打ちしおれた心』ではない。打ち砕かれた心こそが、存在者としての力に充ちている。(影の中で生きているけれども、だからこそ)光の予感で生きているからである」(11~14頁)



かなり思い切った抜粋をしましたが、
「『打ち砕かれた心』とは、『打ちしおれた心』ではない」、
というこの言葉に出会っただけでも、心がすっきりと整理されるようでした。

一緒なのにひとり

妻は、『一緒なのにひとり』という書名に惹かれたようです。
小田垣先生は、この矛盾した二重性こそが人の生きる場だと、
ある意味、肯定的にとらえています。(少々哲学的な説明が必要です)

しかし妻は、「結婚して夫婦が一緒にいるのに、それでもひとりだなぁ」、
という寂しさのような感じで「分かる~」と思ったそうです。

あ、心配しなくても夫婦の危機などはありませんから~(笑)
理想的な夫婦像を演じているわけではなく、
夫婦でも理解し得ないことがあるという現実的な実感です。

そんな妻に、「僕だったら『一緒なのにひとり』じゃなくて、
『ひとりなのに一緒』って思うけどね~」と言うと、
「あー・・・」と仰っておられました。

秋の夜長、今秋は読書にふけります。

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